ブリッジの作り方シリーズ① ART in FARM編 レポート

ブリッジトークは、Art Bridge Institute代表の港千尋が毎回テーマを決めて行うトークです。
11月〜2月までの全4回は「ブリッジの作り方」をテーマに、分野、人、地域を横断して取り組まれているアートプロジェクトの主宰者をゲストにお迎えし、そのポジションから見えてくる様々なことについてお話を伺います。

第1回目は、立川で「ART in FARM」という活動に取り組む、登録ランドスケープアーキテクトの井上洋司氏(背景計画研究所)をゲストにお迎えし、ランドスケープアーキテクトの視点から、地域、農地、アートについて語っていただきました。
そのトークを、一部抜粋してご紹介いたします。

ART in FARMの活動についてはこちら>http://artinfarm.blogspot.jp/

 

E

D

C

ー井上さんが考えるランドスケープとは

私がランドスケープアーキテクトとして仕事を始めた頃、日本にはまだ「ランドスケープ」を専門とする事務所はありませんでした。もちろん「ランドスケープ・アーキテクチュア」の創設国であるアメリカにはありましたが、日本ではその翻訳本が出だす程度で、「ランドスケープ」に対する日本名もありませんでした。「環境」とか、「開発」あとは「造園施工」という言葉はありましたが、私がやろうとしていることは、造園関係でもないし、開発でもないし、どういう名前にしたら良いか考えていました。日本のランドスケープとアメリカのランドスケープは全然違う物だと思っており、日本で近いことは何かと考えていたところ、銭湯の壁画を描く広告代理店の看板に「背景広告」と書かれていたのを見かけました。地域の人が集まる銭湯は、広告媒体でもありましたから、銭湯の壁画を描き変える時には、商店街のお店がスポンサーになりました。壁画の下には、ずらっと商店街の人の名前が書かれていましたね。地域の人達からお金をもらって、地域の絵を描く…これこそ日本のランドスケープの原点ではないかと思って、それで「背景計画」としました。

ー2007年 「ART in FARM」が始動


まずは、2007年にART in FARMを始めた時の映像を見ていただきたいと思います。会場は、私のアトリエ兼事務所の前にある葡萄畑です。そこに、光や風などを感じさせるのどかな雰囲気の作品を展示しました。
よく、「なぜ農地の前に事務所を持ってきたのか?」と聞かれます。ランドスケープアーキテクトというのは、都市の開発とか町づくりの隙間産業です。物と物の間をどう整えるか、隙間を埋めるような仕事ですから、建物の影響や日の影響を受けるんですね。そういう都市環境の中で、植物を材料として扱うので、何らかの影がかかった状態で植物が育成していくのを見ておきたいという思いがあり、葡萄棚の下に実験用の畑を作っていました。
この畑は父親の代からのものなのですが、私自身は畑を継ぐ必要はなかったので、実験場として使っていました。そもそも都市的な環境の中にある農地なので、当初から生産を目的には考えていませんでした。生産を目的にした場合は、葡萄棚もちょうど背が届くくらいの高さが一番効率良いのですが、この棚は下を利用することを想定していたので、約2m20cmくらい、背伸びしないと届かない高さになっています。

ART in FARMを始めたのは遊び心からで、友人が事務所に訪ねて来た時に、畑で何かできないかと話したのがきっかけです。始めた時は、そんなに長続きする、もしくは長くやるつもりはなく、無理のない範囲で3年に1回とか、そのくらいの頻度で開催できれば良いという気持ちでした。
そうしたら、当時はこういう活動が珍しかったのか、随分とマスコミの取材が来ました。その影響からか一週間で、来場者が650人も来ました。通常街なかの小さなギャラリーで個展をしても一週間で200〜300人程度くれば大成功だと言われていたので、出品した作家も私も驚きました。実行委員として協力を申し出てくれる方も現れて、そうしたら「次の予定はわかりません」とは言えなくなってしまいました。「それではちゃんと予定をたててやりましょう」と言って始まったのが実情です。

 

F

ー2014年10月25日、26日 ART in FARM『「農」と「アート」と「歴史」の散歩道』

多摩川の河岸段丘は、世田谷くらいから立川までずっとつながっています。多摩川の端に、地形的には14〜15mくらいの段差があるんですが、その半分くらいの辺りに、湧水層という水が染み込んでくる層があります。かつては、その湧水層から水が引かれ、井戸水代わりに使われていました。さらに多摩川の上流から用水路が引かれて、立川市街地に網の目のように流れており、私の畑もその用水路から水が引ける様になっています。しかし、この用水路は今ではほとんど使われておらず、そのため魅力のない場所、見放された場所になってしまっています。この状況を何とかできないかと考えた答えの1つが、今年の活動につながっています。
私の畑のすぐ近くに、東京都農林総合研究センターという施設があります。その敷地の中に、かつて湧水が湧いていた大きな池がありました。最近は、ずっと水がはられていない状態だったので、「池に水をはって、そこでイベントをしませんか?」と提案しました。その池に再び水を入れることによって、今一度用水路に目を向けられないかと考えたからです。そして、水を入れて終わりではなく、池の中にアーティストの作品を展示させて頂きました。普段見る分にはただの池なのですが、アート作品があると、そこに注目をしますね。アートの価値はそういうところにあるような気がしています。

今年のART in FARMでは、バイオリンのコンサートも開催しました。私の畑は殺虫農薬を使っていないので、バイオリンの演奏に合わせて、エンマコオロギがセッションしていて、すごく贅沢な時間になりました。演奏を聞きながら食べられるように、フードやドリンクも用意しました。中でも特徴的なのは、「野菜バー」でしょうか。知人のバーテンダーの発案で、秋茄子のカクテルを提供しました。過去には大根カクテルやキュウリカクテルなどもメニューに加わったことがあり、彼のことは「Barアーティスト」と呼んでいます。

ー農地が持つ力

農地というのは、その場所に力があります。私の葡萄畑で、昔は父が梨を作っていました。すると父の事を知っている方が、ART in FARMの時に挨拶に来られて、「お父さんには大変お世話になりました」っておっしゃるんです。それからその方が、ART in FARMと農家とのつなぎ役をしてくれて、他の農家の方の農地でART in FARMを開催することもできました。悪い意味で言えば、わりと閉ざされている世界でもありますが、農地が持っている力というのは、場所の力もあるのですが、そこに関わる人のつながりというものも、本当に大きいと思います。

それから、ART in FARMは「農地でアートをやる活動」と言われますが、都市の農地とは、その存在そのものがアート的ではないかと思っています。アートは、アートそのものを食べることはできない。生産だけを考えると、アートは成立しないと思います。普通、農地は生産のための場所ですが、地方の農地に比べて、圧倒的に土地の広さに差があります。地方の農地に比べて生産力の劣る都市の農地は、本当に生産のための場所なのだろうか、と思います。そうすると、生産地としての農地でなくて、別の機能をもって農地を見直したら、全く違う農地のあり方ができるのではないでしょうか?

私は、「農地をいかに地域に開かれた土地にしていくか」を考えるべきだと思っています。生産緑地法など、都市農地には様々な足かせが加わっていますが、それをもう少し良いように、公的にも役立つような農地の使い方が進められるよう、「ART in FARM」という活動を使いたいと思っています。例えば、風景の再生もそうです。何となく、町の風景は公的なもので、誰かが作ってくれるものと思いがちです。確かに、街路樹などは公的な整備です。でも農地の場合は、自分たちで風景を手に入れることができるわけです。それは、ランドスケープとしてやる価値もあることだと思っています。今、ART in FARMの他に「みどりの美術館」という活動をしています。「トピアリー」を生産する数ヘクタールある農地内を、人が回遊できるように整備して使わせていただいています。また、ART in FARMのアーティストに協力して頂き、作品も設置しています。これも農地のセミパブリック化、半公共的な役割を担う場所にして行く為の活動の1つです。
全ての農地が、全ての時間、ずっとパブリックにはなりませんが、ART in FARMのように、何らかの形でイベントを開催するなど、今まで農地として触れた物とは違う感じを味わえればと思っています。

 

ー町のこれからについて

私が思うのは、それぞれ住んでいるところで、少しずつイベントをやったら、もっと町は良くなるのではないかな?ということです。「町を良くしよう」と大義名分で大きな所から始めるというよりは、お隣から始めるということをやって行きたいです。ART in FARMも、農地を起点として広がっていく人の輪であったり、イベントをやることでインスパイアされる、そういうことに重要性を感じています。そもそもこういった活動は儲かる話ではないですが、みんなが「良かったね」と言ってくれるのは結構楽しいことですよね。それを少しずつ、いろんな人が関わりながらやって行ければ、ランドスケープも変わって行くのではないかと思っています。ART in PORTでも良いし、ART in TOWNでも良いし、どこから始まって行っても良いと思います。そうすることで、「Pride of Place」、住んでいる場所にプライドを持てる人が増えるのではないかと思います。プライドは、「これは良いよね」というある種の合意形成から生まれますが、アートはそういうところをつないで行く力を持っているので、活用していきたいです。

 

B

後半は、港も加わっての対談になりました。

ー港
井上さんのトークを聞いていて、驚いたことが2点ありました。農地そのものが、人のつながりを持っているということと、都市の中の農地の特殊性です。どちらも考えたことがありませんでした。
話を聞いて思い出したのが、私が10年前に、1年くらいイギリスのオックスフォードに住んでいた時の事です。オックスフォードは、中世からあるそれなりに大きな町なのですが、町を牧草地が取り巻いています。その緑地が結構広くて、meadow(メドウ)と呼ばれています。馬や牛が放牧されていますが、市民も通れるようになっています。先ほど農地を半公共化するという話がありましたが、meadowはまさに半公共的な空間で、日曜日になると市民が散歩をしたり、夏になると、大きなコンサートや野外演劇が開催されます。ある意味で、牧草地が都市にとって美術を生産する場所の1つになっているのではないかと思いました。井上さんのお話に出てきた、「半公共的な農地」というもののイメージに近いのではないかと思いました。
もう1つ思い出したのが、上野毛のあたりにある等々力渓谷に行った時のことです。意外にも、住宅地の中に、びっくりするような深い渓谷がありました。多摩地区の特徴として、細い用水路が毛細血管のようにあるというお話でしたが、ART in FARMは、やはり立川の多摩丘陵の特殊性がうまく活かされたプロジェクトなんじゃないかなと思いました。

ー井上
多摩川の河岸段丘のずっと先が等々力渓谷とつながっています。微細な地形の変化というのは、その土地だけのものがたくさんあって、そのことが一番よくわかるのが農地だと思います。今は団地になってしまっていますが、私の農地の一角に、かつて水田だった場所があります。水田に沿って用水路が流れていたのですが、団地になったときに、用水路をわざわざ団地の端に寄せてしまいました。なぜかというと、管理の調整が難しくなるからです。いろいろな人が関わる場所に通すと、缶を投げたり、ゴミを投げたりという問題があるから、団地の真ん中は通せない。寄せて端に追いやって、ドブのように囲ってしまっている団地を良く見ます。
私は以前、長野オリンピックの選手村のランドスケープを担当したことがあります。私はあえて用水路を選手村の真ん中に通し、水辺を活かしたランドスケープを作りました。現在、選手村は「今井ニュータウン」として集団住宅になっていますが、住民が用水路に関わることで、守ろうという意識が芽生え、愛される存在になっています。これは、農地も同じではないかと思います。上手にみんなが農地に関われば、みんなが大事にしてくれるようになって、もしかしたら農地を持っている人も楽をできるかもしれません。そうやってリスペクトされる存在になれば、すごく良い空間を提供してくれるかもしれません。
今の住宅は、都市農地に対して後ろを向いて建っています。農地を向いて立っていれば、緑が多くて良いはずですが、全て南を向いて建っています。これでは緑地、農地の魅力を感じてもらえません。日本の農地というのは、取り残された場所になってしまっています。川も似ているかもしれません。昔、川宿とか、川を取り込むような物がありましたが、今はビルも川に背を向けて建っています。ですが、場所を注目させることによって、その場の魅力をもっと引き出せるように思います。農地も、そういった利用の仕方ができるというイメージを持ってほしいです。ART in FARMは2つの方向性を持っていると思います。一般の方に面白いものを提供することと、もう一つは農地を持っている人に、農地の考え方を改めてもらいたいということです。その両方ができると良いですね。実際、ART in FARMの活動を通して、そういった感覚が強まって来ているように思います。

ー港
市民の方は、「面白そうだし、参加してみたい」とすぐに思うでしょうけれど、農地をお持ちの方は、「ART in FARM」と聞いて、すぐに「やってみようかな?」と言う回答をもらえますか?

ー井上
なかなか難しいですね。普通はできないことだと思います。でも、先日農家を継ぐ人と話をする機会がありまして、「農地を受け継がなくてはいけない。でも町の中にあって、この農地をどうしたらよいかわからない。」という相談を受けました。都市農地の場合、大きなハードルとして相続税の問題があります。売らなければならないケースもあるのですが、そんな時、地域の中で農地への理解があると、農地を受け継ぐ人も救われるのではないでしょうか?
都市はもともと、大体が農地だったわけです。渋谷、中野、杉並、世田谷、その辺りはみんな農地で、それが変わって今の町並みになっています。つまり農地が変容しているということです。本当に農地について考えている人がたくさんいれば、ごちゃごちゃした町にはならなかったはずです。その原点は農地なので、そこから考えて行く必要があると思っています。立川は都心のベッドタウンなので、住んでいても立川のことを良く知らない人も多いですし、景観はみんなのものだという意識も少ないように思います。良い物を含めて、住んでいる回りを見ていないのではないかと思います。そういうことに気付いてもらう為には、アートはすごく強力な協力者であり、パートナーになると思います。ものの見方は、「風景を見る見方」ではなくて、つい利害だけを見てしまいがちです。それだけでは、町は豊かになりません。場所に対する強い信念を持つことは、景観、風景を整えるのに役立ちます。ランドスケープはできた時が完成ではなく、人が関わり始めてからがスタートです。風景や本質を見抜かなければ、人が関わらなくなり、主旨がなくなってしまいます。

ー港
今日お話を伺って、農地でイベントをするということ自体が、課題であると思いました。

ー井上
農地は圧力に弱いです。だから、無制限に人を入れるわけにはいきません。それから、導線もコントロールされるので、人のアクティビティを操作しなくてはいけません。これは合意形成なのです。みんなが同じ考えを持っていないと、同じ様には動いてはくれません。でも、制限がでるから面白い。そういう事が、面白くなる1つの要因でもあります。

ー港
どんなイベントでも、できるだけ自由に使える場所を会場に選びます。しかし、既に制限があるところを使うことによって、その制限がクリエイティブに働くように工夫するわけですよね。これが多分ART in FARMの持っている潜在的な力なんですね。
ただ単に、「農地が空いていて使える」とか、「きれい」だけでなく、農地が持っている歴史や、非日常的な空間をうまく使えるのがアートなのかもしれません。

 

A

 
【開催概要】
日 程 平成26年11月17日(月)19:00-20:30(開場18:30-)
会 場 3331 Arts Chiyoda  3F Room302
ゲスト 井上 洋司(一級建築士/登録ランドスケープアーキテクト)
ホスト 港 千尋(写真家 / 著述家 / Art Bridge Institute代表)
主 催 東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)
    NPO法人Art Bridge Institute
 


 
 

井上洋司 (背景計画研究所代表 / ART in FARM主宰)

一級建築士/登録ランドスケープアーキテクト
1949年東京都生まれ。工学院大学大学院建築学科修士課程終了。1998年長野冬季オリンピック選手村(今井ニュータウン)ランドスケープ。2000年横須賀JR跡地再開発ランドスケープ。
2001年〜2011年早稲田大学芸術学校講師。

 

港千尋(写真家 / 著述家 / 多摩美術大学教授 /Art Bridge Institute 代表 )

1960 年生まれ。1995年より多摩美術大学情報デザイン学科教授。オックスフォード大学客員 研究員。著書・作品集多数。記憶とイメージをテーマに、映像人類学など幅広い活動をつづけている。近著に『愛の小さな歴史』(インスクリプト)『パリを歩く』(NTT 出版)『芸術回帰論』(平凡社新書)『ヴォイドへの旅』(青土社)。愛知トリエンナーレ 2016 芸術監督に就任。