02瞬間建築

港千尋

 いま東京の見どころのひとつは、神宮外苑である。国立競技場の跡地だが、工事用のフェンスに囲まれた広大な敷地には、誰もが驚くだろう。
 解体前にはとても見えなかった、遠くの景色。驚くほど静かに運びだされている瓦礫。東京のど真ん中にできた穴のようなものだが、外苑を通るたびに、ここがそのまま放置され、そのうち草地になったら、と夢想する。
 そこは雨が降れば水溜りができ、夏になれば雑草が茂るような、本当のフィールドである。雪が降ったら、みんなで雪だるまを作る。余計なものは何も置かない。雪が溶けて春になれば、ツクシが生える。何も作らないように見えるが、ヴォイドが作られる。
 都市を「下」から支えるインフラストラクチャーに対して、「間」に生まれる構造、言ってみればイントラストラクチャーを考えたい。特定の形をもたず、むしろ「間」を作ることで、都市にちょっとした変化をもたらす。瞬間芸のようなものである。
 香港の雨傘運動で、そんな瞬間芸を見た。大都市のど真ん中が一時的に生活空間になると、いろんな工夫が生まれる。自動車専用道路の中央には、高さ1メートルほどの分離塀がある。よじ登るほどではないが、跨ぐには高すぎるこの塀に、3段ほどの階段が作られていて、お年寄りや小さな子どもはずいぶん助かっていた。オキュパイ特有のDIYだが、手すり付きでしっかりしている。瞬間建築の真骨頂。
 いまは雪が溶けてしまったように、何の跡形もなく消えてしまったが、それを生み出す知恵まで消えたわけではない。都市の知性は、むしろこうしたイントラストラクチャーに現れるような気がする。
01長い橋

港千尋

 初回はアートブリッジに因んで、橋のことを書いてみよう。どんな橋がいいだろう。思い出に残る橋はいろいろある。海に囲まれ、しかも無数の河川が流れる日本は、そこらじゅう橋だらけである。「橋」がつく地名や苗字の多さにおいて、日本は有数の国に違いにない。
 覚えているなかで、いちばん最初に渡った橋はどこだっただろう…と考えていて、神奈川の湘南海岸の風景が浮かんできた。生家から鵠沼海岸が近かったせいで、散歩がてら海辺まで出ることが多かった。あのあたりは今でも海風で曲がった松の木が多いが、それを過ぎて波の音が聞こえると、目の前に江ノ島が現れる。
 国道を渡ったはずなのに、なぜか自動車の姿は消えている。よく歩いたのはまだあまり人気のない朝の海。日中になると橋のたもとには、干物や貝を売る屋台が並ぶ。そんな光景がぼんやりと思い出されてくる。
 記憶のなかの、その橋はとても長い。子どもの目から見ていたからだろう。欄干から釣り糸を垂らす人が見える。はじめてイスタンブールを訪れ、有名なガラタ橋の上で釣りをする人々の光景を見て、フラッシュバックのように蘇ったことがあった。
 わたしたちはひとつの橋を渡るとき、記憶のなかの別の橋を同時に渡っているのかもしれない。一枚の絵を眺めていると、いつかどこかで見た別の絵が瞼に浮かんでくるように。遠く離れた場所をつないでいるのも、似たような心の働きなのだろう。いろいろな場所やイメージが相互に結びつき、身体のなかにある無数の橋を支えているのが、経験と呼ばれるものかもしれない。