ブリッジの作り方シリーズ06
せんだいメディアテーク 地域文化アーカイブ編
ゲスト清水チナツ(せんだいメディアテーク学芸員 / NPO remo)
開催日2015.07.30
今回のブリッジトークでは、せんだいメディアテーク学芸員の清水チナツさんにお越しいただき、清水さんが担当する「民話 声の図書室」プロジェクトについてお話を伺った。

現在も進行中のプロジェクトで、「ブリッジトークのようなイベントで話をするのは初めて」とのこと。まず、清水さんから「せんだいメディアテーク」について、一通り説明をいただいた。せんだいメディアテークでは、市民や団体と協働しながら「市民の学び」(生涯学習)に寄り添い、学びの場を作るためのプロジェクトを実施している。東日本大震災の記憶や、復興への経過を記録していくプラットフォームとしての「3がつ11にちをわすれないためにセンター」など、2011年以降、震災と向き合いながら続けられている活動も多い。

(※以下、清水さんのプレゼンから。)

「民話 声の図書室」は、「みやぎ民話の会」と協働で取り組まれているプロジェクト。
震災後、「みやぎ民話の会」が40年にわたり宮城全域で「採訪」した民話、「市井の人々の声」が収録された1000本以上のカセットテープを、せんだいメディアテークに持ち込んだことから、このプロジェクトがスタートした。
「採訪」とは、「民話を語ってくださる語り手のもとへ訪(おとな)う」ことを指す言葉。「採集」「 採話」という言葉では、語り手と民話が引き離されてしまうような感覚がするが、語ってくれた人と民話は切り離せるものではないという思いから、みやぎ民話の会では、「採訪」という言葉を使っている。カセットテープとともに採訪ノートや資料集に、語り手から聞いた民話以外の生活の話も記録されているところが、その言葉の意味を体現しているだろう。

このカセットテープが、みやぎ民話の会からせんだいメディアテークに持ち込まれたのには、いくつかの理由がある。
1つめは、これまで40年以上の間記録してきたカセットテープが、民話の会の会員の押し入れで保管され、このままでは死蔵してしまうこと。また、カセットテープの劣化も進んでいること。
2つめは、みやぎ民話の会で所有している機材では「カセットによる音声の録音」しかできず、そのことにメディアとしての限界を感じていたこと。「話の情景を思い描いている姿、記憶をたどっている表情、身振り手振り」など、語り手の姿そのものも記録するために、映像での記録に移行できないか?と考えていた。
3つめは、民話には、「災害にまつわること」や、「人がどう災害を乗り越えてきたのか」について繰り返し語られているものも多く、今こそ、これらが活用できないだろうか?と考えたこと。また、震災を経験したいま、これから民話になっていくだろう種がたくさん芽吹こうとしている。その様子を、どうにか映像に記録しておけないだろうか?という思い。
これらの考えに賛同し、協力を得られるような博物館や資料館がないか、訪ね歩いていたそうなのだが、専門家(研究者)ではなく、あくまで在野の学習者たちが記録したものであること、また記録された内容は、文学者ではなく市井の人の語りなので、学術的な資料にはなりにくいと判断されることが多く、断られてばかりだった。
せんだいメディアテークでは、学術的な資料価値を問うよりも、この渇望や愛好が原動力となった在野の学習者による一連の活動を残していく必要性を感じ、またデジタル機器を使いこなすことへの手伝いや、アーカイブ公開、学びの場づくり、活動の仲間づくりなど、施設としてもプログラムとしても、協力の体制づくりが可能であるということから、協働事業として実施することを決めた。

「民話 声の図書室」プロジェクトに取り組み始めると、興味を持った若い世代が、活動に協力してくれるようになった。
協力者が得られたことで、「映像での語り手の記録」が可能になった。
しかし撮影後の「編集作業」が、大変。全体を通して「どこを見て欲しいか?」を考えるべく、アナログな作業(手書きのタイムラインと付箋コメント)や、関係者で対話を繰り返しながら、どのようにDVDにまとめていくか決めている。
またDVD完成後も、収蔵しておくだけでは、死蔵してしまうこととさほど変わりがない。「アーカイブ」という言葉は幻想的だが、アーカイブのつくり方を間違えると、一部の専門家だけの財産となり、権威となる可能性もある。そうなると、身近にアクセスする、生活の道具として活用することができないものになってしまう。
記録することは善、残していれば誰でも使えるだろうという幻想があるが、記録する媒体も、時代に合わせて移行が必要になる。
アーカイブは作って終わりではなく、耕したり育て続ける、人や場作りが大切。
そのため、資料の利活用のための場づくり(上映会•対話)や、関心を寄せてもらうきっかけづくり(展覧会)も必要。そこに気概のある人たちの層ができれば、時代に応じてメディア変換したり、アーカイブを利活用する動きは連鎖していくだろう。

(※ここまで)

トーク中、「アクションとしてのアーカイブ」という言葉が、繰り返し出てきた。
清水さんはその重要性を強く感じ、それゆえの悩みを日々振り返りながら、活動を続けているという。
後半は港も参加し、対談形式でのトーク。清水さんから、日々活動をする上で感じているというキーワードが提示され、それらの言葉に呼応する形でトークが進んだ。

前半の清水さんのプレゼンを聞いた港から、「何かを記録するときには、ある程度”捨てる”、編集するということもしないと、残せないのではないか?どう編集すると、本人が感じた感動(エッセンス)を残せるか、それを考えるための作業はとても重要だと思う」、また、「映像になったことで、聞いていてる人の姿が見られるのも良い。聞き手の姿を見ることで、聞き方を学び直す。”聞けた”ということがないと、体に定着しないのではないか?」というコメントがあった。

この話を受け、清水さんは、「スタジオでは、聞くという体づくりをしている感覚がある。それは”聞き方”という方法論ではなく、どのようにそこに居るかという佇まいをそれぞれが問うことだと思う。究極のメディアリテラシーの学びの場と言える。また、民話を通じて、大文字の歴史ではない、自分にしか語れない言葉で歴史を語ることで、歴史や社会を、自分たちが触れるものとして引き寄せていく意識が出てくる」と話した。

トークも終盤に差し掛かり、清水さんは、「だんだんと、民話を語り聞く暮らしがなくなり、家庭環境も変わり、民話をそのまま継承していくことは難しい時代に来ている。民話そのものを受け渡すことになるかわからないが、民話に託されているものを、いかに残していくか?語りの中に込められた”あったること”と自分たちを、どう接続させていくことができるか?についても、考えていかなければならない。」と話す。

港が総括的に、「民話とは、どんな人間であれ、死者から”語って欲しい”という期待を背負わされている」ということ。また「抑圧されていること、語れないことを語る、その術を学ぶことではないか?」と語り、1時間半のトークが終了した。
 
なお、この「民話 声の図書室」プロジェクト協力のもと、メディアテークでは10月31日から展覧会「物語りのかたち~現在(いま)に映し出す、あったること」が開催される予定。

※本レポートは、トークのごく一部を紹介したものです。ART BRIDGE issue#2に、トークを文字起こししたものを掲載する予定ですので、お楽しみに!

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