「旅する編集室:多孔質のデザイン」トークレポート④
更新日:2018.02.14
2017年11月28日(火)〜12月16日(土)まで、大阪・肥後橋にあるCalo Bookshop & Cafeにて、作品展「POROUS ーTransit Republic 旅と校正2017 / proofreader traveler 2017」を開催しました。
その会期中にFLAG studioで行われた、関連トークイベントのレポートを4回にわけて掲載します。


POROUS Transit Republic 旅と校正2017 / proofreader traveler

関連トークイベント「旅する編集室:多孔質のデザイン」
日時|11月29日(水)19:30〜21:00
場所|FLAG studio
登壇|後藤哲也(デザイナー、OOO projectsディレクター)
   港千尋(写真家、著述家、Art Bridge Instituteディレクター)




第4回
多孔性世界論



港 |日本語では多孔性としましたが、今回のテーマのポーラスについて考えはじめたのは、台湾での展示がきっかけです。
2017年2月に台北で開かれた「Hieroglyphic Memory:Surveying Bangka Through Narrative Trace / 謎樣的記憶:從敘事軌跡探視艋舺」は、「一見では読み解けない都市の記憶」をテーマにした企画展です。台北に艋舺(バンカ)という、原住民の言葉で「小船」を意味する古いまちがあります。龍山寺というお寺や、近くには華西街の大きな夜市もあって、『民俗台湾』編集長の池田敏夫も愛した歴史のあるまちです。
この艋舺が、再開発でどんどん取り壊されている。古いまち並みは消えつつあり、代わりに高層マンションが建てられている。その状況のなかで新作をつくってくれないか、というのがキュレーターの要望でした。
日本人は僕だけでしたが、欧米からも何人かアーティストが参加しました。滞在期間も短く、制作期間や予算にも限りがあったのでトライ・アンド・エラーなこともありましたが、僕は再開発エリアがどのように取り壊されているのか興味を持ち、まちをリサーチしながら、撮影しました。
Banka
展示会場は「剝皮寮歴史街区」と呼ばれるエリアで、清朝時代の建物も残っています。地名の由来は、かつて中国から船で木材が運ばれ、皮を剥いで加工していた様子が見られたからだそうです。ここだけをみると艋舺の伝統的なまちなみがいまも生きているようですが、少しまちなかに入ると、その周りは全て壊されてしまうのではないかというような、暴力的な開発が進められていました。暮らしの履歴が残る面白い場所ですが、一旦再開発エリアに指定されると跡形もなく壊されてしまう。
Banka
建物を4つくらいずつ、一気に壊しているんですよ。そうすると、壊された家の隣の建物の壁に、タイルやインテリアなどの暮らしの痕跡が残されており、通りに面して剥き出しになっている。ヨーロッパでもたまに見かける光景ですが、ここまで綺麗なのは見たことがなくて、それがいたるところにあるわけですよ。

僕が展示したスペースは空き家で、何に使われるでもない、展示でもなければ使われなかったような場所です。
まち歩きをしながら、剥き出しになった壁の痕跡をスキャンするように撮影し、布にプリントして空き家の壁にかけました。常に風が通るので、作品が風に揺れて動くというインスタレーションです。そのときに、ポーラスという言葉が出てきたんですね。
1960年代に建築家の原広司さんが「有孔体理論」と呼ぶ空間理論を発表します。著書『建築に何が可能か 建築と人間と』(1967年)において、近代建築は壁や屋根、床、全体の形式を追求してきたけれども、これからの建築はむしろ窓や扉、つまり建物に空いている穴が重要だと考えた。さらに穴と穴が連結し合う、そういう反転が重要になるだろうと。自分は90年代以来旧石器洞窟を研究してきましたし、ヒョウタンが好きで本も一冊書きました。もともと穴とか多孔性の空間が好きなのですが、この展示をしたときに「自分はポーラス好きだったのだ」と自覚しました。
例えば、都市にとって重要なのも、隙間や不規則性、不連続な凸凹だと思うのです。そこに異物が漂着して滞在したり、変化を起こす。物質で言うとスポンジなのですが、不定形で穴の大きさも違うし、伸縮性持っているので外から来たものを吸収して膨らむこともできれば、出て行けば乾燥して縮むこともできる。そういう柔軟性や浸透性がないと、どうしても社会が硬直化するし、市民生活そのものが破綻してしまうように思います。
今回の作品展をはじまりに、これからも多孔性を持った空間や都市、メディア、デザインも含めて、ときには多言語で、いろんなクリエイターのポーラス的な考え方をエクスチェンジしていけたらと思いますね。


後藤|江之子島アートセンターのまちづくり事業に、僕が運営に携わっている凸凹ラジオというプログラムがあります。この凸凹は、港さんがいうような意味でも捉えられるなと思いました。
今後、ポーラス的な展示を多言語で展開するときに、港さんなりのイメージがあったりするのですか?


港 |特に興味があるのが、翻訳についてです。あえて多言語で印刷して読めるようにしたいですね。そこで誤読が生まれるかもしれないし、お互いの言いたいことが半分くらいしか理解できないかもしれない。けれど、むしろ全てが理解しあえないということが、これからは面白いんじゃないかなと。わからない部分を補うために、お互いに苦労するわけじゃないですか。そこに、ポーラス的なクリエーションが生まれるんじゃないかなと。


後藤|表面がツルっとしたコミュニケーションではなくて、凸凹か多孔か、表面がザラっとしたコミュニケーションということですね。


港 |そうそう。台湾のひまわり学運から半年くらい経ったころに、その抗議運動を東アジアがどう共有していくかという小さなワークショップを開いたことがあります。
そのとき、台湾で話している中国語と、香港で話している中国語と、韓国語、それと僕の日本語、4人のパネラーがあえて母国語で対談しました。どうなるかというと、全ての発言を、通訳を通してやりとりする必要があります。一言話すのにも、すごく時間がかかるんですよ。途中で「もう一回言ってください」とか、「何を言っているのかわかりません」とか。
でも、それをやることによって意味の伝達だけではなくて、感覚の共有が生まれる。「申し訳ないのだけど、もう一回言ってください」というときの申し訳なさとか。これって凸凹がない限り、なかなか生まれないじゃないですか。
そのことをもう少し考えていくと、写真やグラフィック、メディアを通して、そういう凸凹をあえてつくっていくようなことができたら面白いなと思っています。あえて落とし穴をつくるとか、穴を開けるとか、ポーラスという言葉には、そういう意味も込めています。


後藤|僕たちデザイナーは、感覚の共有や、一つ一つ翻訳していくようなことをスキップして一直線につなぐ効率的なやりかたを探してしまう人種です。そういうことに陥りがちなところに、あえてひっかかりをデザインすることが、多孔質なデザインなのかもしれません。今後のMobile Talkでも取り上げてみたいと思います。


港 |本当に面白い瞬間って、誤解があったり、対立が起きたり、ストップしてしまったり、これは本当に譲れないというエッジが見えたときだと思うんですよ。そういう瞬間は、相手に向き合っていながら、自分に向き合う瞬間でもあると思います。AIに任せられないコミュニケーションの可能性は、そこにあるのではないでしょうか。
いま一番気になっているのは、ネットワークという網状のアナロジーでは、もう僕らの世界は捉えきれないと感じているんですよね。神経やリゾームではない、別の関係性の表現がないかなと思っていて。穴が二つあれば、もうそれで行き来ができるわけです。