原亜由美
Ayumi Hara
「写真の町シバタ」の活動を通じたアートにまつわる出会い・出来事・気づき
新潟県新発田市は、城下町から連隊の町として栄え、明治期に広大な商店地区が興隆し、近代文化を象徴する写真館が多く軒を連ねました。戦火を逃れたため、東京など大都市圏では失われた写真草創期の貴重な乾板写真が、今も商家などに眠っています。「写真の町シバタ」は、町のたからものである写真の物語を紐解き、記憶と土地を新たに結ぶことを目指し、2013年から活動をしている市民有志団体です。「写真の町シバタ」実行委員として、この活動を通して出会ったさまざまなエピソードや出来事、他団体との交流などを紹介していきます。
05 記憶の居場所
3月は感傷的な別れの季節のイメージがあるが、5年前に3月11日東日本大震災という鎮魂の日が暦に加わった。
この3月という季節に、宮城県塩竈市では「塩竈フォトフェスティバル 2016」(以下「塩竈フォトフェス」)が開かれている。主催の中心となっている塩竈出身の写真家・平間至さんさんの個展を、3年前「写真の町シバタ」の企画展で開催したのを機に、新発田と塩竈は“姉妹フェス”を意識しており、わたしも開幕日に訪ねた。今年の塩竈フォトフェスのテーマは「家族 / Family」。企画展のメインは「Erik Kessels Album Beauty」(以下「Album Beauty」)で、杉村淳美術館で行なわれている。オランダのクリエイター、エリック・ケッセルスによる、“他人”の家族アルバムのコレクションで構成されたインスタレーションは、圧巻だった。会場入り口のステートメントによると「失われつつある写真アルバムへの叙事詩」であり、“他人”という「個人の物語の探訪」の感覚をもたらすものであるという。“他人”の記憶に心動かされるのは何故だろう。わたしは夢中で展示に見入った。
「Erik Kessels Album Beauty」写真提供 Erik Kessels
「写真の町シバタ」の「まちの記憶」も、アルバム写真を展示するので、「Album Beauty」とテーマの根は同じである。「まちの記憶」は、故郷の写真を故郷の人たちと振り返るという当事者性の度合いの違いこそあれ、わたしにとって新発田の人のアルバムも“他人”のものには相違なく、いずれも“他人”の家族の断片的な物語が集められている。本来の写真プリントを大きく上回るサイズで見せること、アルバムとは異なる視座で写真と向き合うことで、見慣れた写真に新たな視覚体験が生まれる点も共通している。「Album Beauty」は、日本人のわたしにとって、出処もバラバラな外国の写真という“他人”度の一層の距離感と、巨大写真と称して差し支えないような展示の圧倒的な規模感で、新たな視覚体験の衝撃を強烈に与えられるものであった。一方で、写真に漂う郷愁は「Album Beauty」にもある。ただ、「Album Beauty」のそれは、「まちの記憶」と比べると、ずっとドライだ。写真が家族の手元を離れてしまっているせいだろうか。読み取られる個別の物語は想像の域を出ない。そんな考えを巡らせながら、ふと窓の外に目をやると、そこには墓地が広がっていた。
「Erik Kessels Album Beauty」
“死んだ記憶”という言葉が浮かんだ。写真は一回性のメディアであり、撮影された瞬間から過去へ絡め取られてしまう。死と近しいメディアということは、いろいろなところで言及されてきたが、ポップな展示で認識できるのは斬新だった。“死んだ記憶”というと悲しい響きだが、それでも写真という実体の居場所を持っている。居場所がある限り記憶は再生され得る。それは一片の救いであるように、わたしには思えた。
 塩竈のランドマーク、塩竈神社の麓にある亀井邸では「家族を撮る」と題した植田正治、平間至、吉原悠博のグループ展が開催されていた。「Album Beauty」とは対照的に、日本の作家の家族写真(平間氏は映像作品)を日本家屋で味わうというオーソドックスな趣向で、写真家による家族写真の端正な美を味わえる。床の間あるいはテレビといった、家のなかで日常的に視線を集める場所と家族写真の相性の良さは抜群だった。
「家族を撮る」植田正治
「家族を撮る」平間至
「家族を撮る」吉原悠博
「塩竈フォトフェス」では、若手作家のポートフォリオレヴューが毎回開催されている。2013年度「塩竈フォトフェスティバル写真賞」大賞受賞者の篠田優の個展「Medium」は、「光と機械がつくりだすイメージ」に何故惹かれるのか、という、幾度となく繰り返されてきた根源的な問いに真摯に向き合う良質な写真展であった。他にもワークショップなど大小さまざまな企画が行なわれている。このようなフォトフェスが、人口5万人ほどの地方都市で定期開催される意義は大きい。塩竈も被災地であるが、震災復興の名を冠せずとも十分に成立する充実したプロジェクトは地域の実力を誇るに十分なものだ。

「塩竈フォトフェス」の直前、旧・巻町(現・新潟市西蒲区)の郷土写真家・斉藤文夫さんから電話をもらって、わたしは旧庄屋佐藤家を訪ねた。「佐藤家の八畳間を図書室にしつらえたから見に来なさい」とのお誘いだった。2016年は、巻原子力発電所の建設の是非を問い、建設反対派が上回った住民投票から20年目の節目を迎える。これに合わせて、斉藤さんは仲間と共に、原発建設反対の住民運動を振り返るシンポジウムや写真展を、今年8月開催に向けて準備中だという。アルバムからページごと抜き出した写真を紙芝居のように見せながら、斉藤さんは当時を解説する。厳しい環境ゆえ廃村になった原発立地候補の村・角海浜のこと、誘致に積極的だった政治家や電力会社のこと———大きな力を前に、何故このまちの人たちは住民投票で原発建設を撤回できたのか。
「小さい子供を持つお母さん方のおかげだね」と斉藤さんは言う。家族を守りたいという気持ちは、原発建設反対という一方向だけに向けられたものではない。正式な住民投票が行われた1996年の前年には、本投票を占うための自主管理投票が事前に行なわれた。このとき「投票に行きたいが周囲の視線が気になる」という声が寄せられ、人目につきにくい夜間投票所が設けられたという。地域社会にとって近所付合いは死活問題だ。かつての賛成派と反対派の溝が今でも完全になくなっていないそうだが、これだけ大きな住民運動の後としては最小限の溝でとどまったと言えるのではないか。夜間投票所のような配慮の積み重ねが住民運動を支え、今の地域の在りようにつながったのだろう。
旧庄屋佐藤家の図書室、角海浜の写真を見せる斉藤さん
わたしが斉藤さんを訪ねたのは3月3日の雛祭りであった。佐藤家に程近い岩室温泉で、斉藤さんのコレクションの人形が展示されているというので、一緒に見に行った。近代以前の人形とは、写真に近いものかもしれない。その姿形に誰かの面影を重ねていたのだろう。
「岩室温泉ひな巡り」斉藤さんの人形コレクション
実はこの間、わたしの飼い猫が危篤状態で、塩竈へ向かう直前に息を引き取った。親馬鹿承知で書くと、わたしにとって実の子供同然の猫の喪失感は大きい。猫の面倒を親に託して出かけることに罪悪感もあった。そんななか、斉藤さんの話や、「塩竈フォトフェス」のテーマは、わたしの胸に訴えるもので、「来てよかった」と心から思えた。「Album Beauty」に猫の写真があった。他人の記憶は自分の記憶をも引き寄せ、それゆえ心動かされるのかもしれない。わたしは、わたしの猫を忘れない。写真は遍在する記憶の居場所なのだと改めて思う。
「Erik Kessels Album Beauty」
そして、この原稿を書いているときに、斉藤さんから郵便が届いた。雛飾りといっしょにわたしが写ったサービス判の写真が何枚か入っていた。わたしには、それが今の自分の背中を押してくれる象徴的な出来事のように思えた。
前回触れた新潟のハワイ移民、リトアニアとのプロジェクトなど、「写真の町シバタ」の活動から派生したテーマ取材は、まだまだ序章に過ぎない。わたしはこれからも記憶の居場所を訪ね歩き、記録を続けたいと思っている。

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