原亜由美
Ayumi Hara
土地 / 記憶 / 移民
わたしの故郷である新潟県新発田市の「写真の町シバタ」は、まちの記憶を紐解いて土地に結び直す写真プロジェクトだ。ひさしぶりに戻った故郷で、偶然かかわるようになった小さなプロジェクトから見えてきたのは、干拓地の風土を背景とし、明治期に連隊駐屯地として写真文化を育み、海外移民を多く送り出した進取の土地であるという、わたしの知らなかったイメージだった。まちに眠っている写真のエピソードは、海を越え、時間を越えて、離れた土地の記憶へと連なる。プロジェクトを通じて出会った記憶の指し示す土地へと旅をし、その所感を書き留めていく。
01 夏と記憶の欠片
 夏は“お店まわり”の季節である。“お店まわり”とは、商店を訪ねてアルバムからポスター用写真をお借りする一連のやりとりのことだ。わたしたちは、新潟県新発田市で「写真の町シバタ」という活動をしている。秋に同名のイベントを主催し、メイン企画「まちの記憶」では、店先に額装した写真ポスターを飾ってもらっている。「まちの記憶」参加店は100を超え、明治期に興隆した広大な商店地区に「まちの記憶」が立ち表れる趣向だ。
 例年「もっと早く“お店まわり”を始めよう」と思うが、取りかかる頃には既に夏になっている。10人ほどの実行委員で手分けをして写真を集め、さらに100字にまとめて掲載するコメントのために聞き取りもする。日盛りだと冷たいお茶を出してくださるお店もある。お茶をいただきながらアルバムを眺め、思い出話を聞いていると、いつかの夏にタイム・スリップしたような気持ちになる。夏休み、お盆、夏祭り、そして“お店まわり”。新発田には新しい夏の風物が一つ増えたようだ。
 「写真の町シバタ」は東日本大震災の年に始まり、今年戦後70年の節目に5年目を迎えた。記憶をテーマとしたプロジェクトにおいて、こうした数字の符牒は、偶然ながらも必然なのだろう。5周年を記念し、「アサヒ・アート・フェスティバル2015」の開幕イベントも兼ねて、過去出品作を市内5ヵ所に展示する「まちの記憶」回顧展を6月に開いた。関連イベントで、写真の町シバタ発起人で美術家の吉原悠博さんと、AAFネットワーク事務局長の芹沢高志さんとの対談が、創業140年を超える吉原写真館で期間中に行なわれた。対談で、芹沢さんの「まちの一角が急に取り壊されると、記憶を失ったように感じられる」という言葉が印象に残った。記憶は物質に大きく依拠している。写真は記憶の物質だ。記憶の欠片を、足を使って夏に集める。すると秋に、新しい「まちの記憶」に会える。今から楽しみだ。

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